20代の男がスピリチュアルを仕事にするまで 〜空港編その②〜

本企画は、TAKAO(三浦隆雄)が新卒で会社に入社してから退職してスピリチュアルを仕事にするようになるまでを書いた企画です。
TAKAOがアメブロでブログを書いていた時に載せていた内容と同じになりますので、ご了承ください。
暗い話も入っておりますので、そう言った話が嫌な方は読まないでくださいね!
まいど!TAKAOやで!
本記事は、こちらの記事の続きとなります。
「20代の男がスピリチュアルを仕事にするまで 〜空港編その①〜」
目次
会社では違和感を感じ続ける。
素晴らしい職場を思い描いていました。
僕は、19時には帰れて、職場は和気あいあいな雰囲気で、有給も自分のタイミングでとれる、
こんなバラ色のようなサラリーマン生活を夢見ていました。
そして、もちろん、実際はバラ色のサラリーマン生活なんてありませんでした。
就職説明会では、19時くらいに帰れて、職場も良い雰囲気で和気あいあいとやってますよ!と聞いていました。
TAKAO
TAKAOって、人の話すことを間に受けるクセあるよね。
たまちゃん
うん。考えてみれば、そりゃあ人事は都合の良いこと言うよね。間に受けた自分が恥ずかしいよ。
TAKAO
学生も会社も都合の良いことしか言わないところは、新卒採用の悪いところだよね。
たまちゃん
物件の営業を担当していました。
空港運営会社で働いていたときは、営業に配属されてました。
なかなかイメージしずらいと思いますが、
運営会社が保有していた空港は、国際空港です。
空港には、航空貨物を扱う貨物地区というものがあります。
写真にあるような飛行機の貨物を保管したり、通関したりする際に一時置きする場所ですね。
そして、貨物地区の物件を扱う大家さんみたいな仕事をしておりました。
簡単に言いますと、物件の管理と営業です。
だから、このような仕事がメインでした。
- 賃貸借契約や土地契約
- 「もっと使いません?」という空物件の営業
- 物件に問題があれば、修理を技術部にお願いする。
- 事業者と貨物地区のルールを話し合う。
- 違反駐車の対策
この他にも、
- 毎月の社内会議用資料の作成。
- 空港が出している貨物量に関するプレスリリースのデータ作成
など、とにかくいろいろやってました。
1年目は空港のゆるキャラに入って記者会見に出たりもしました。
(1年目の仕事なんです)
で、何が言いたいかと言うと
僕にとっては、めちゃくちゃハードな仕事でした。
- 理解のできない上下関係
- どうしても馴染めない社内の雰囲気
- 飲まされる会社の飲み会
- 興味のない仕事内容
- 失敗の許されない雰囲気
すべてが苦痛でした。
会社自体にも強く違和感を感じてました。
- 会社に漂う閉塞感
- お飾りの経営理念
会社ってこういうものなのだろうか?
仕事にも会社にも馴染めない自分には問題があるではないか?
そして、嫌なことを嫌と言えない壁にぶつかります。
と、ここで少し脱線!!
たまちゃん
脱線ですが、新卒で入った会社をふりかえる。
いいことはたくさんあった!
散々な会社員体験を書いておりますが、良いところはたくさんありました。
なんだか悪口ばっかり書いてるようで良い気はしないので、脱線ですが、良かったことも書きます。
お世話になったことは本当に感謝しています!
TAKAO
まず、空港時代はいろんな経験をさせてもらいました。
本当にありがたかったなぁ。
こんな素晴らしい経験ができました。
- 物流施設を扱ってたので、世の中の動きを感じれた。
- 額の大きい契約を扱わせてもらったし、大きな契約取れた時はやっぱ嬉しかった。
- 5年以上空いていた物件を売ることができて、自信になった。
- 資料の作り方もわかった。
なんとこっそりとイベント部署に社内営業をして、僕が学生時代に関っていたイベントを開催することもできました。
◯開催したイベントはこちら◯
そして、何よりできない人の気持ちがわかりました。
それまでは要領良く生きていましたし、苦しんでいる人の気持ちなんてわかりませんでした。
TAKAO
本当、無駄なことってないよね。
たまちゃん
ほんまやね。のほほんとした会社員生活送ってたら、人間としての成長はなかったよ。
TAKAO
それでは、本題に戻ります。
たまちゃん
嫌なことを「いや!」と言えない自分に苦しむ
ダメな自分をゆるせない
会社員時代は、大きな壁にブチ当たったのですが、
それが、
ダメな自分をゆるすこと
具体的に言うと、
嫌なことを嫌と言えなかったのです。
- 向いていない仕事内容
- 自分のあだ名
- 長時間労働
- 上下関係
- 吐くまで飲まされる飲み会
どれもはっきりと嫌と言って抵抗すれば、解決する問題だったと思います。
「嫌だ。助けてくれ。」とハッキリ人事に訴えれば、配慮してくれる会社でした。
とても良い会社でした。
ただ、その時の僕は、
嫌と言うことを自分に許すことはできませんでした。
嫌と言ったときに周囲に認めて貰えないのが、とても怖かったのです。
陰口を言われることが怖かったのです。
嫌と言ってはいけない空気に負け、
そしてダメの烙印を押されることに震えていました。
毎日。
今いる部署に馴染めない自分をどうしても許せなかったんですね。
そんな自分には生きる価値がないと思ってました。
◯ダメな自分をゆるす
これが出来なかったんですね。
それどころか、社会人1年目の僕は、
「ダメな自分ゆるしたらダメじゃん!」って思ってました。
克服思考でした。
本音はこうだったんですよ。
「向いていないから仕事変えてくれ!」
「わけわからんあだ名で呼ぶな!」
「下やからって俺ばっかに仕事振るな!」
「早く帰りたい!」
「残業時間を素直に申請して何が悪い!」
「ことあるごとに飲み会すんなよ、みんな嫌がってるやん!」
「えっ、また資料作るの?どうせ使わんやろ。」
しかも、
そう思うわりには、そんな素直な自分の考えは否定していたんですね。
我ながら、内面ぐちゃぐちゃだったよね。
TAKAO
だって、そんな考えしてるから会社に馴染めないんだし。
「そんなことより目の前にいる先輩のように強くならなければ!」
と、考えていました。
しかし、消そうとしても会社に馴染めない自分は消えません。
かといって嫌とは言えない。
朝、ホームに近づいてくる電車を見ながら、、、
「このまま飛び降りて電車にぶっとばされたら、楽になれるんやなー」
こんなことしょっちゅう考えていた気がします。
そもそも、人には「ダメな自分」「最高な自分」などが同居しているので、「ダメな自分」だけ消えることはありません。
TAKAO
しかも、「意識」がフォーカスを当ててることが現実化するから、この場合だと余計ダメな自分がでるよね。
たまちゃん
そうやねん。だから、ポジティブな意味で諦めることも大事なんだよね。
TAKAO
そして、とうとう限界が訪れる。
我慢していた自分に限界が来ました。
会社に行こうと思うと、涙が出るようになったのです。
自分でも「ヤバい」と思いました。
なぜ涙が出たのか原因は今でもわかりません。
自分をもっと責めて鬱になったら会社行かなくていいと無意識に考えたのでしょう。
その日に、課長と話をして自分に限界が来たことを伝えました。
「もう会社に行けない」と告げます。
とりあえず休めと言われましたが、僕の中で会社に戻るという選択はありえませんでした。
帰っても、ダメのレッテルを貼られると思ってたのですね。
ふりかえれば、休職という選択肢もあったよなー。
TAKAO
休職して、元気に、冷静になってから今後を考えても良かったよね。
たまちゃん
うん。しかし、そもそも僕が冷静じゃなかったから、そんな選択できなかったんだよね。
TAKAO
そっか。ただ、TAKAOみたいに急に会社に行けなくなる人って結構いるよね。
たまちゃん
僕もびっくりしたけど、結構いるみたいだね。辞めたくなって我慢できなくなった方、ぜひ、休職するという選択肢も考えてください!
TAKAO
ツラいのはわかるけど、急に辞めると、それこそ大変だからね!
たまちゃん
と、自分の経験からアドバイスも書いておりますが、
いろいろあっても絶対になんとかなるので、安心してください。
今回は脱線多いな!
たまちゃん
辞めると決めてからも大変でした。
そして、ここからが大変でした。
とにかく僕は弱り切っていて、会社のことを考えると涙が止まらなくなります。
- 「会社ではみんなに悪口を言われている」
- 「自分が悪いからこうなった、会社も家族も裏切り迷惑を掛けている」
メンタルの弱い僕にとっては、恐怖でした。
自分が誰かに否定されていると想像するだけでものすごい怖かったです。
自分が悪いということで納得しようとして、
自分を責め続けます。
課長に「会社に行けない」と打ち明けてからは、
ありがたいことに会社に退職を引き留めて頂き、面談を繰り返しました。
課長、部長、人事部との面談を重ねるのですが、
その度に、恐怖が蘇ります。
そして、また自分を責める。
これを繰り返していました。
家にいても、両親には理解してもらえません。
両親はそれほど僕が空港運営会社に努めたことが嬉しかったんですよね。
親父には泣かれました。
「なんでこうなったねん!?」
家でも責められる毎日でした。
僕は、日に日に弱っていきます。
この時ぐらいから「副腎疲労」というホルモンバランスがおかしくなる病気を煩いました。
副腎疲労になると、腸内環境が悪くなり、うつ病と同じような症状がでてきます。
(この病気に掛かってた事に気づくのは1年以上後なのですが、、、)
とにかく、このままではマズいと思ってました。
環境を変えなければ、本当にマズい。
そんな時に、見かねて大学時代の先輩が島根旅行に誘ってくれます。
奥さんが島根出身の方だったんですね。
とにかく家を少しでも出たかったので、ついていくことにしました。
そして、この旅行がきっかけに島根の町おこしNPO「てごねっと石見」で働くことになるのです。
今回で「空港編」は終わりです。「島根編」に続きます。
TAKAO
ほいじゃーね!
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